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旅するスパイスキッチン

恩師の想い出、バミヤ

2014/07/09 19:46 昼ごはん くらし


9.11の後、アメリカのイラク攻撃が始まった。テレビには毎日のようにイラクに詳しい女性研究者が識者として登場していた。大学時代からイラクが専門で調査員として現地経験もある、日本における現代イラク研究の第一人者だ。


翌年、大学院に入った私が緊張しながら入学式に行くと、研究科の教授陣が並んでいた。そこに、あの彼女がいたのである。白髪混じりの上品な髪に、鮮やかな色のショールを颯爽とひるがせて。この大学院にあのテレビで毎日見ていた先生が教えているとは知らず、私は驚いた。先生は私と同じく、今年からこの研究科の教授として入ることになったのだという。


新任の挨拶の時点で、彼女の聡明かつウィットに富んだスピーチにしびれた。なんてカッコイイ先生なんだろうと思った。

トルコが専攻の私とイラクが専門の先生では範囲が違うので、指導教官にこそなってはもらえなかったが、彼女のゼミはもちろん取った。授業で与えられ、ゼミ生が交替で読み込んで毎週発表する英語の論文は、己を呪いたくなるほど難しかった。それでも、彼女の解説がたとえようもなく適切で、面白くて、必死に出席していた。


先生が魅力的だったのは研究者としてだけではない。

多くの研究者が対象の地域を「ただの研究対象」としてのみ見ている中で、彼女は中東をアラブ世界をイスラーム圏を、そのすべてを、単純に愛しているのが分かった。

先生は時々ゼミ生や留学生を自宅の高級マンションに招いて、お手製のアラブ料理を振舞ってくれた。使うスパイスや材料はもちろん、現地から持ってきたもの。BGMは最新アラブポップス。

ゼミ生からの料理や文化についての質問にも、彼女は丁寧に答えてくれた。ちなみに彼女の専門は政治学なのだけど。


また、ラマダンの時期には、イスラーム圏の留学生たちに祖国のようなお祭りムードを味わってもらい、また日本人の学生達にはイスラーム世界の文化を知ってもらおうとイフタール・パーティーを開催した。

私も一部料理でお手伝いしたけれど、費用も計画もすべえて先生持ちで、当日先生は調理室で延々と料理を作っていた。

(学部ではなく)院の教授で、ボランティアでこんな楽しい事を企画してくれる教授を、私は見た事がない。

パーティーは大成功で、アラブコーヒーとデザートまでフルコースで楽しんだ後は、アラブポップスを大音響でかけてのダンス大会。大喜びで体をくねらせて踊る留学生達に促されると、先生も輪の真ん中でガンガン体を振ってステップを踏み始めた。もちろん学生達は大喜びだ。

彼女のそういった学者らしからぬ人として温かいところが、結局は研究者としての彼女をさらに特別にしているのだろうと思う。


実は、彼女の自宅でやったある時の勉強会で担当した論文が、私の院生生活の中で一番難しいものだった。

一週間、寝る暇も入浴する時間も最小限に削って、一行一行を調べまくってレジュメを作った。自分はこの院で一番のバカじゃないのかと情けなくなりながら発表したのだけど、終わった後に彼女が

「ご苦労様。一番難しい論文が当っちゃって運が悪かったわね。でもあなただからここまで出来たのよ。」

と労ってくれて、こんなに嬉しいことはなかった。

その勉強会が終わってから食べた、先生の手作りバミヤの美味しいこと!

温かくて優しくて、ピリッとスパイスが効いた、でもやっぱり私達の大好きな中東の味なのだ。それは優しさと厳しさを合わせもつ、先生にどこか似ている。


とにかく辛くて苦しくて自分の無力さに悶え狂うばかりの大学院生活だったけれど、先生の間近で直接中東情勢を教えて頂けた事は私の誇りだ。このことだけでも、私は大学院に行く意義があったと思っている。


大学に残った知人から、先生は最近どうも身体を壊されているようだと聞いた。

先生のような方に何かがあったら人類の損失と言っても過言では無い。一日も早く完治されることを心からお祈りしている。


「オールスパイスはね、ガーーッと、そうよ、1瓶使うくらいの勢いで使わないと中東の味になんないわね」

と豪語していた、あのカッコイイ先生にまたお会いしたいのだから。

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